第4話 めまいでダウンする

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン   テキスト)

 

作:堤 幸一

絵:谷澤紗和子

 

1 またしてもプレディに助けられ

「時計を見ていたら、針が回りだしたんだ。」

「いいえ、ラエル。あなたが回っていたのよ。ちょうど、事務所に行くところで良かったわ。」

僕が回っていた?そんな馬鹿な。でも、近くに居合わせた人と、手慣れた感じで車に乗せ、療養所に運んだのはプレディでした。

「いいえ、かなり早く回っていたわ。今まで気づかなかったの?」

「気づくって何を? 何のこと?」

“あっそうか、ラエルはまだ、このまちの人間じゃなかった”プレディは話を変えました。

「ここは、ブーリンっていうまちの療養所よ。ゆっくり直してね。じゃあ、仕事だから、またね。」

プレディが、いつもの調子で出て行こうとすると、誰かが飛び込んできました。

ヘポです。「大丈夫かい!」息があがり、髪はボサボサです。

 

 

2 プレディとヘポは友達

「プレディから連絡があって、飛んできたんだ!」

プレディは、しっかりものの長女か、学校の先生のような口調で、

「何をしていたの!彼は、今日で8日目なのよ!」

相変わらずラエルには不思議なやり取りですが、“8日目”の意味を問いかける前に、

「プレディとヘポは知りあいなの?」と聞いたのは、上出来だったでしょう。

「ええ。ヘポは隣村の出身だけど、ここで何年も修業してるわ。」

“修業?。。。”ラエルは、またもや、少し目まいを感じました。

「ともかく、2人とも、ありがとう。」

ヘポに対するプレディの小言は続きました。どうやら、ヘポは“ジャンタラー”を目指す弟子(パダワン)で、ジャンタラー達は、すごく偉く、ヘポもその一人だから、しっかりすべきで、そして、あろうことか、彼はラエルの保護責任者らしいのです。

「いけない。私、しゃべりすぎたわ。じゃあ、仕事があるから。」今度こそ出て行きました。

ラエルは、やれやれといった調子のヘポに向かい、

「雨の日は、すべての仕事は休みじゃないの?」

「デザイン事務所だけは、休みはないんだ。それに雨もあがったよ。」

 

3 不思議な掛け声に気づく

ヘポは椅子に腰かけると、ゆっくり言いました。「何か話したいことはないかい?」

ラエルは、思い浮かぶまま、溜まったものを吐き出します。ヘポはうなずきながら聞くだけです。ラエル一人で、2時間近くも話したでしょうか、随分と気持ちが楽になったところで、

「ところで、ヘポは、どんな人なの。」と言いました。

ヘポは、自分がジャンタラーとであり、沢山の仕事を経験し、修業を重ねる人達で、このまちには6人いて、3名がマスターで、3人がパダワン(弟子)あること。ジャンタラーが住むまちは繁栄するとされ、人々から、お布施を得ることなどを話しました。

ラエルは、空の畑で、新人なのに高い給金を得ていました。きっと、新しいパダワンだと勘違いされたのでしょう。“だから、こんなにくれたのか。”ポケットの入ったオーミを握りしめ。

「ヘポ、どうしよう。僕にパダワンは無理だよ!」

「はっはっ。そんなこと、フロベル(Frovere)はお見通しさ。治ったら、また畑で働こう!」

そのときです。廊下で大きな声がしました。

 

「月曜日、おめでとう!」

「おめでとう、新しい月曜!」

 

「なんだい、あの不思議な掛け声は?」笑いながらヘポに聞くと

「あれは挨拶だよ。」“そんなわけない!”ゆっくりと廊下に出てみると、顔を見わせては、互いに月曜を祝っています。妙な顔で部屋に戻り、もう一度、ヘポに尋ねると、

「普通の挨拶だよ。君の国でもやるだろう?」

「えっ。。。確かに“おめでとう、新しい年!とは言うけど。」

「ほらね。年の始まりと同じように、週の始まりを祝うのさ。君もやってごらん。」

言われるまま廊下にでて、何人かと言葉を交わすうちに、不思議と元気が出てきました。

そのときです。ラエルは、突然、“何か素敵なこと”を感じたのです。

ヘポが、手のなかのモノとラエルの顔を見比べ、優しく言いました。

「うん。もう大丈夫だね。僕は今からフロベルにあってくるよ。」彼の手のなかには、デザイン事務所の、あの“ラエルの時計”があったのです!

ヘポが帰ったあと、ラエルはベッドで横になり、もう一度、ゆっくりと振り返りました。自転車のこと。両替テント。ジャンタルマンタル。空の畑。デザイン事務所の時計。。。

“そうだ!僕は時計で目を回したんだ。”ラエルは、廊下にでてあたりを見渡しました。ありました!

病室の入り口の脇には小さな台があって、ラエルの札がついた時計が置かれています。他の部屋にもありますが、ひとつずつ時間も違い、針の動きも違います。逆に回っている(!)ものもありました。

廊下のつきあたりには、ひときわ大きな古時計があり、言葉が書かれていました。          (続 く)

 

~考えてみよう~

第4話 めまいでダウンする

第4話では、私の事務所の時計の秘密を、少し明かしました。

時計の長い針は体、そして短い針は心をあらわしていて

マリツの住民すべてとつながっています。

所長の問いかけ

ラエルがダウンしたのは、体と気持ちのリズムが崩れたからです。文化の異なる国に行くとおきる、いわゆるカルチャーショックですね。

頑張り屋の彼は、多少気になることがあっても、勢いで乗り切るところがありますが、世の中には、“分かったようで、分からないこと”が沢山あって、“分かったつもり”を、あまりに溜めこむと、心がパンクし、体の調子も悪くなってきます。

マリツでの“分かったつもり”は、ひとつひとつが深く大きいので、ついに、ラエルの体が心にブレーキをかけたのですね。

あなたもこのような経験はありませんか?

ただ、“ブレーキの原因”というのは、自分では分かりにくいうえに、仮に、分かっても、一旦、止まった体は、困ったことに、すぐには元に戻りません。

他人の心の動きを察し、場の雰囲気を生み出す役割を持つ人を、“ファシリテーター”といいますが、主に、教育や福祉やまちづくりの分野で活躍しています。物語の中で、ヘポのふるまいや療養所の挨拶(月曜日、おめでとう!)が、どのような役割を果たしたのかも、考えるきっかけにしてください。

ファシリテーターに大切なことは何でしょうか?

今回登場した、ブーリンの療養所は、西の外れの峠道を超えた小さなまちで、穏やかな入り江に面した場所にあり、主にラエルのような心と体のバランスが崩れた人が、ゆったり時を過ごす施設です。あなたのまちにもありますか?

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 ファシリテーターと参加のデザイン