第5話 港で働く

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン   テキスト)

 

作:堤 幸一

絵:谷澤紗和子

 

1 再び港に行く

元気を取り戻したラエルは、ヘポの下宿を離れることにしました。

「しばらく、一人で暮らしてみるよ」

「えっ! そうかい、寂しいなあ。。。何かあったら、いつでも相談にのるよ。」

ヘポは、心配でしたが、このまちにある“何か素敵なもの”(something wonderful)を理解しようとするラエルの気持ちも分かりました。

10日前に、自転車で来た道を、今度は歩いて戻りました。港には、あの時、気づかなかった、大きなクレーンや倉庫もありました。ひと際大きな倉庫に向かいましたが、人けがなく、すべて錆びついて、静かです。見上げる彼に、緑の作業着を着た立派な体格の人が近づいてきました。

「こんなところに何しに来たんだい?」

「港なら何か仕事があるかなと。。。」

「ここはニュー・ポートだから無理だよ。隣のオールド・ポートに行ってみな。」

どこで道を間違えたのでしょう。ラエルが船を降りた港は、隣の小さな破堤(はてい)のほうでした。ゆっくり歩くと、見覚えのある眺めがでてきました。ここも大変静かです。再び、見上げていると、今度は、赤いスカーフを巻いた小柄な女性が近づいてきました。

「船が来ない日は、市場も、乗り物もないの。知らなかった?」

ラエルは、自分がまちの住人ではないこと。1週間ほど空の畑で働いたこと。港に仕事を探しにきたことを話しました。(療養所にいたことは黙っていました。)

「じゃあ、うちで働いてみない?」彼は、すぐにうなずきました。

 

2 貿易会社で働く

赤いベレー帽のスウェイ(Swei)さんが、人の頭ほどもあるネジのようなものを眺めています。「よし。これは121と3/4ユーロ!」

箱にならんだ、金物や、衣類や、食べ物を、次々と手にとっては、クルクルまわして!ポンポンはねて!クンクン匂って!どんどん、どしどし、値段を決めていきます。

赤いスカーフの女性はプリングス(Prings)といい、テキパキと値札を貼っています。赤いバンダナのラエルが、入り口側から荷物箱を運び、値札がついたら元に戻します。働きだして5日目ですが、毎日ずっと、この調子です。単調な作業ですが、楽しくて仕方ありません。

“なぜって?”

スウェイさんの動きは、まるでダンスのようで、何度見ても飽きません。 

しかも、モノ達は、自分の値段が決まると、うれしそうに光るのです!

いまも、回るオレンジを眺めていると、振り向いて

「ラエル!お前もやってみるかい? プリン!そろそろお昼にしよう!」

彼は、急なことで言葉が出ませんでした。

 

3 みかんに値段をつける

お昼も食べずにラエルは考えました。目の前には“木(き)桶(おけ)”がひとつ。スウェイさんのように、クルクル、ポンポン、クンクンやってみましたが、当然ながら、まったく分かりません。

仕方なく頭で考えてみました。“木を育てたお金、加工したお金、運んだお金、そして、もうけ。。。”独りごとを言いながら、床に書いて計算を始めました。

「よし、できた!20ユーロです。」少々、自信なさげに言うと、

「ほう。元手(もとで)から計算するとは大したものじゃ。でもラエル。これは40ユーロじゃわい。」

木桶が、ボーっと光りました。遅い昼食をとっていると、プリングスがやってきました。

「スウェイさんは、モノと対話しているうちに、どうやって生まれ、どんなふうに育ったか、すべて見えるのよ。だから、マリツの輸出品は、彼が一人で値段を決めているの。定期船で買いつけに来る人達は、皆んな彼の値札を信用しているわ。」

「へえ、すごい! でも、僕は、値段を倍も間違えたよ。」

「仕方ないわ。じゃあ、あなたの国の木桶はいくら?」

「これだと、50ユーロくらいかなあ。」

「でしょう。この国の輸出品は、すべてフェアトレードで、あとはギフト税だから、“公正な値段”なの。それでも、誰も損はしてないわ。」

フェアトレードは、以前行った国で聞いていました。モノを買う人と作る人を直接つないで、適正な値段で取引することでした。でも、ギフト税って何だろう?

「ギフト税は、自然に還すための税金よ。」

「自然に還すって? 何を、どうやって?」

「そうねえ、ここで働いていたら、そのうち気づくわ。」

2人の横で、スウェイさんは笑顔です。

 

 

4 また“そのうち”と言われる

貿易の仕事に就いてひと月です。社員は、ラエルを合わせても5人にすぎません。他に貿易会社らしきものは見当たりませんし、定期船が着くたびに、会社の前は長い行列です。

彼は、街なかのアパートに住み、夕食は、いつも“ミルク・バー”です。

「仕事は慣れたかい? もっとも、あんたは私が見込んだ子だから、心配ないけどね!」

「ありがとう、レボおばさん!でも、スウェイさんの会社は忙しくて。もっと人を増やしたらと思うよ。それに、他に貿易会社が無いのも不思議だなあ。」

「なるほど、そうかい。そりゃ気になるねえ。」                         

レボおばさんは、昔は貿易が盛んだったこと、ニュー・

ポートには巨大な施設が沢山あったこと。会社も50社

はあったことなどを教えてくれました。

「今は、ああしてるのさ! そのうち分かるよ。」

壁には、ラエルの好きな“時の知恵”がありました。“そのうち”という言葉が、いまのラエルには心地よく響きます。

そうです、待てばよいのですから。   (続 く)

 

 

 

~ 考えてみよう ~

第5話 港へ行く

マリツは不思議な人たちであふれています。

港にいた“緑の服を着た人”は、技術者集団です。

スウェイさんは、貿易会社の社長兼経済大臣なのです。

所長からの問いかけ

貿易会社のスウェイさんの、“クルクル、ポンポン、クンクン”には、どのような意味があるのでしょう。クルクルは素材を探り、ポンポンは重さを探り、クンクンは鮮度(年齢)を探っているのと思われます。ただそれだけで、モノの値段を決めてしまうとは、なんという能力でしょう!

また、プリングスと話した「ギフト税」とは、自然に還すお金のことです。マリツでは、モノの値段の中に必ず加えますが、商品や地域によって金額は変わります。

モノの値段はどのように決まるのでしょう

次頁の「南の島のオレンジ」で考えてみましょう。材料費の2ユーロは、苗木、肥料など元々は自然力であり、利益の1ユーロには、原価計上されていない、風、水、土、太陽の力などが含まれています。

この図には、もうひとつ重要なことがあります。自然から得た“オレンジ”が、人間社会で流通を繰り返すうちに、値段が上がることです。この増えた値段分も、自然に還すための元手になります。フェアトレードは、貿易・流通による発生する利益を、より生産現場に近い人たちに返すことで、地域経済の維持と地域環境の保全をすすめる動きです。

自然にお金を還すことはできるでしょうか

一筋縄ではいかない問題でしょう。ラエルは次回以降、自然のなかで生計を立てている人たちに出会います。今日の問いかけを、ぜひ、憶えておいてください。

 

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 お金を自然に還す