第7話 少し違う人たちに出会う

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン テキスト)

 

作:堤 幸一
絵:谷澤紗和子

1 配達係になる

まじめに働くラエルは、会社に品物を持ち込む人たちとも顔見知りになりました。スウェイさんはいつもどおり“ポンポン・クルクル・クンクン”ですが、また100日がたった、ある日のこと。

「ラエル、配達に行ってくれないか。峠を越えた奥谷だから、少し遠いが歩いて頼むよ。」

「分かりました! 何を届けたらよいですか?」

スウェイさんは、布製の巾着(きんちゃく)袋を3つ、ドサ、ドサ、ドシンと机に載せました。

「オーミとユーロとギフト税だよ。近くならプリンだが、これは重いのでな。」

2種類のお金には、ラエルも慣れました。日用品や食事はオーミで、港の買い物にはユーロでした。高級品を扱うお店もユーロのようですが、ラエルは行ったことがありません。

ただ、ギフト税の巾着袋もあります。“ギフト税って、集めるだけじゃなく、配るのか。”

「ラエル。ギフト税が気になるな。私の値づけで分かったろうが、ギフト税は、自然に還す分だ。本来は、モノをつくったものが還すのだがな。奥谷は、“あれ以降50年間”マリツの皆んなで負担することに決めたんだよ。」

「“あれ”って。。。もしかしたら灰色戦争?」        

「やはり気づいたか。このまちには、私たちの

ように貿易を仕事にするものもいれば、市場で

働くものもいる。ただ、戦争の影響は畑や森に、

より強く残ってなあ。そのうえ、あの人らは家族も

バラバラになった。だから、元の暮らしに戻るまでを

50年として、皆で応援することに決めたのさ。」

 

2 気持ちのよい仕事をみる

ラエルがまちに来て200日が過ぎ、季節は秋になりました。   

竜の川沿いは、いつものように水車と風車がまわっています。

配達先は、奥谷の森林公社でした。河底(かわぞこ)ダムの

近くにある道標(みちしるべ)には、右が奥谷、左が空の畑と

記されています。“空の畑!”

そういえば、以前、おじさんが“奥谷の連中ときたら!”と

言ってたなあ。温厚なおじさんに、そこまで言うなんて、

一体なにがあったのだろう。

道標を右に折れ、竜の川の木橋を渡ると、正面は神の山

で、そのまま進むと突き当りに、風変わりなお寺が建っていました。

近づくと、チベット寺院のような佇まいに“コンゼ寺”という額が掛かり、中ではトンカン、トンカンと

木づくりの音が響いています。

門の脇から少し覗いてみました。

「急げ、いそげ!冬までに棟を上げるぞ!」「おう、任せとけやあ!」

威勢のよい人たちがキビキビ動き、中庭ではトラックやクレーンが音を立て、生き生きと仕事をしています。まちなかや空の畑では、見かけない“速さ”の動きでした。

見入るところをグッとこらえ、元の道に戻ります。配達の仕事があるのです。ふと気づくと、道の“わだち”が深くなっています。寺と山とをトラックが頻繁に往復しているのでしょう。

 

3 少年に声をかけられる

ラエルは、3つの袋を背負い、山道をグングン歩きます。神の山の麓(ふもと)を巻き込むように登り、峠の尾根に近づいたとき、不思議なことが起こりました。

峠道の傾斜は、さほど変わらないのですが、先ほどからラエルの息が荒いのです。何かが上から押さえているようで、背丈(せたけ)が半分くらいになっています。懸命に歩き、いよいよ尾根にたどり着くと、大きな榎(えのき)が日をさえぎり、薄暗い根元に少年が立っています。

「おまえ。どこにいくんだ?」

驚いたラエルが顔をあげ、配達に来たことを告げると、ふっと、森に消えました。

少年の肩にとまっていた“ふくろう”が、ほんの少し笑った気がします。

 

一瞬、時間が止まりました。

 

峠を越えると、ラエルの背丈は元に戻ってきました。震えをこらえ、急ぎ足で奥谷を目指します。しばらく駆けると、大きな木々に囲まれたチベット寺院のような建物が現れました。

森林公社です。「こんにちは!配達にきました。」    

勇気を出して扉を叩くと、温厚で人懐っこい笑顔の

おじいさんが出てきました。

「はい、はい、ごくろうさん。おやっ!新顔じゃな。

お茶でも飲んでいくかい。」

このおじいさんが理事長ですが、ラエルは少し身構え

ました。空の畑のおじさんの言葉が気がかりですし、

先ほどの薄気味悪い少年も、彼の心を固くしています。

 

理事長は優しい人でした。しばらく話しているうちに、

ラエルの気持ちは打ち解けました。

「コンゼ寺で働く人たちには見とれてしまいました。」

「そうかい!あいつら、うちの若いもんじゃよ。」

「トラックやクレーンも動いて、ワクワクしました!」

ところが、理事長は微妙な笑顔をうかべ、ギフト税の袋に手を置いて、

「ラエルといったの。スウェイから何も聞いてないのかい。じゃあ、空の畑やトュディー村への配達

は、まだかな?。。。。ならば、もう少し、わしの話を聞いてもらおうかな。」


4 どこかが違う?何かが違う?本当に違う?

「わしらのギフト税は、よそと比べて10倍も多いでのお。」

理事長は、微妙な笑顔のまま、長い話を始めました。まちなかの仕事や農業は、覚悟をすれば5年で“かたち”になる。だが、山は、50年、100年かかる。きょう植えた木が育つのは、孫のころで、息子も見ることはない。

しばし続いた山の話が、あるところで、灰色戦争に変わる。

「わしらには大きな決断じゃった。“急ぎ、港や鉄道をつくる”という声に応じて、沢山の木を大急ぎで出した。子の代の分までじゃ。うまく育たぬと言われておった場所にも植えた。それがどうじゃ。あるときピタリと注文が消えた。港ができて、外国から安い木が入ってきたからじゃ。」

他の国でも聞いた辛い話だった。でも、灰色戦争とは、どんな関係があるのだろう。

「わしらに言わせりゃ、灰色戦争は、おのれの技に過信したやつらと、ユートピアを夢見たやつらの勝手な争いに過ぎん。じゃが、わしらも、そこを見抜けんかった。。。ただ、森の将来が心配だったのじゃ。どちらにつくことが森のためになるか。毎晩のように村集会をもった。」

理事長は目を閉じ、集会を思い出しているようだった。

 

「集会は荒れた。当然じゃ。森の将来は、どちらの側にもなかったからじゃ。」

結局、奥谷は2分され、親兄弟で争った家も出た。その間、山は荒れ、名残は今もあるらしい。

「ところが。“あること”がきっかけで、戦争は、    

突然、終わった。争いに意味がないことに

気づいた人たちは心を改めた。いまも、その

努力の最中じゃ。その人たちを否定せんし、

いや、尊敬さえしておる。じゃがの、ラエル。」

大きくため息をついて言った。

「山は、急には変わらんのじゃ。」

ラエルを見つめる目が少し揺れていた。

「わしらは、古くも、新しくもない。ちいとばかり、

時計の針がゆったりしとるだけじゃ。」

時計の針!すぐに、ラエルは反応しました。

心の針と体の針は違う。ならば、山の心と体の違いは何だろう。山の心は100年、いや1000年

の速さだとすれば、体は何だろう。

すぐに分かる話ではありませんでした。ラエルは、奥谷のことをもっと知りたくなりました。ここに

は、不器用ながらも、揺るぎない真実があるように感じたからです。

 

5 息子に送ってもらう

すっかり遅くなり、理事長の息子が、ラエルを車で送ることになりました。

「爺さんたちは、苦労した世代なんだ。世の中に振り回された。もちろん、責任は俺らにもある。だからこそ、自分たちで何とかしたい。」

息子は、下の世代からも尊敬されるリーダーでした。

「ラエル、なぜ、コンゼ寺を建て替えるか分かるかい?」

「わからない。でも、あの仕事は、見ていてすごく楽しかった。」

「お前は、近くの河底にある発電所のことは知っているか?」

「うん。緑の人たちに教えてもらった。」

「そうか。だからこそ、コンゼ寺は急ぐんだ。確かに、爺さんの言うように、山の時計の針はズレたままだ。だけど、俺や息子の世代で、必ず戻してみせる。」

彼の眼には意志の光が宿っていました。

新たな部品を調達せず、あえて寿命を迎える河底ダム。そして、脇にたつコンゼ寺は、山から木々を運びこみ、木材だけでなく、エネルギーを村に送る、最初の基地になるのです。

 

さて、皆さんは気づいたでしょうか。           

灰色戦争を経験した奥谷の人たちは、ある種の

”したたかさ”も身につけていました。

10倍のギフト税は、荒れてしまった山からの切り

出しや手入れ、そして植林などに充てられてい

ます。

税の使いみちを議論する「マリツ評議

会」は、奥谷の意見を丁寧に聞きつ

つ、1年間の公開議論を経て、増額

を承認したのです。                

さらにひとつ。

ラエルが乗る車は、ユーロで海外から

仕入れた

ガソリンで走っています。マリツに石油は

出ないのです。

彼が届けた巾着袋のうち2つは、ウリと

ユーロが入っていますが、こんなに

ユーロを使う集落も、他には無いことに、

ラエルは後で気づくのです。

木橋のたもとには、時の知恵がたっていました。

 

 

~ 考えてみよう ~

第7話 少し違う人たちに出会う

「灰色戦争」は、大変、重要な意味を持ちます。

全貌は、少しずつ明らかになっていきますが

あなたも、ぜひ想像してみてください。

所長からの問いかけ

マリツの物語は、いよいよ、まちを離れました。森は、まちに様々な恩恵をもたらしますが、一方で、まちとは異なる“時間”が流れています。まちの成り立ちを考えるうえで、周囲の地域との関係を考えることは、大変重要です。

さて、私の最初の問いは、「わしらは、古くも、新しくもない。ちいとばかり、時計の針がゆったりしとるだけじゃ。(理事長)」という言葉の意味を考えてほしいのです。

まちの時間と森の時間は、どのように違うのでしょうか?

“灰色戦争”は終結したようですが、奥谷の傷は癒えていません。自然を相手にした生業(なりわい)を営む地域では、都会(まち)のような急激な変化に、取り残されることもあるでしょう。灰色戦争の前に、マリツの1次産業をおそった「機械化」「集団化」「市場化」の波は強く、奥谷でも、機械を導入し、公社をつくり、無理な要望にも応えました。

一方、“終戦後”、まちでは、仕事やエネルギーや技術や経済に関して、静かに、そして断固とした変革が始まっています。(ここまで見て来たとおりです。)奥谷も、この流れに対応すべくバイオマスエネルギーの供給基地となる「コンゼ寺」建設を急いでいますが、その方法は、緑の人たちとは、やや、趣が異なるようです。

奥谷が多くのユーロを必要とする理由は何でしょうか?

今回から「灰色戦争」が本格的に登場します。「おのれの技に過信したやつら」や「ユートピアを夢見たやつら」といった理事長の言葉も、ぜひ、記憶していてください。

ところで、峠の少年は一体。。。

 

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 環境価値を伝える