最終話 再会の誓い

「ラエルの物語」 ~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン テキスト)

 

作:堤 幸一
絵:谷澤紗和子

 

1 コンゼ寺が落慶する

3月に入り、マリツは春です。コンゼ寺は無事に落慶(らっけい)を迎えることができました。落慶式には、マリツの人たちが多く集まりました。

奥谷の理事長、トュディーのおばあさん、空の畑のおじさん、オーラムから療養所に移ったおばあさん、緑の服を着た人たち、ジャンタラー広場のフロベル、貿易会社のスウェイ、ミルクバーのレボ、ヘポ、プレディ、そしてラエル、みんないます!

式は長く盛大でした。挨拶が終わらず、手にしたグラスは乾杯の前に何度もあけられ、用意した引き出物(コンゼを建てるときにできた“かんな屑(くず)”を詰めた縁起もの)も、すべて配られ、ついには食事が始まっても、延々、続きます。それでも誰ひとり、退屈せず、飲みつつ、食べつつ、楽しく耳を傾けました。誰もがマリツの歴史を背負っています。一人ひとりの言葉が、まちの財産でした。そして、コンゼ寺は、マリツ再生のシンボルなのです。

最後に、トュディーのおばあさんが、“森の魂を継ぐ男”の言葉を語り、式は終わりました。中庭では、親しい人たちが余韻(よいん)を楽しむかのように、おばあさんを囲んでいます。

ふと、ラエルを見かけたおばあさんが、

「ラエル!こっちにおいで、ヘポも、プレディも」3人は、おばあさんの前に腰をおろしました。

「賢いお前のことじゃ、もう気づいとるじゃろ。ラエルとヘポは、“森の魂を継ぐ男”の血をひく孫じゃ。そして、プレディは、テクネーの英雄の孫じゃ。」ラエルは、ゆっくり、うなづきました。

そして、おばあさんは、こんな話をしてくれたのです。

 

§ トュディーのおばあさんの話 §

コンゼ寺を焼いたのは、天の丘の大砲が放った火炎弾(かえんだん)でした。自分たちの貿易船を守るためにつくったものが、味方を襲ったのです。“森の魂を継ぐ男”を失った人たちは“戦争が長引く”ことを悟りました。

その日、コンゼでは、テクネーとユートの代表が和解に向けた話し合いをしていました。共に若い世代が参加し、“森の魂を継ぐ男”の息子も出席しました。将来のことは若い世代で、という配慮が裏目になり、マリツは、一気に希望を失ったのです。

焼け落ちる寺から助け出された子どもは3人、そのうち2人は兄弟でした。3人は、共に親を失いました。

そして、これ以上の犠牲を出さないために、兄をマイスターに、弟を外国の遠い親せきに、そして、テクネーの孫を、ブーリンの寺に預けたのです。

もちろん、3人はすでに名前がありましたが、マリツ再生の願いを込めて、一番上の子を“希望”とし、本質を見抜く感性を大切にするために、次の子を“実感”と、歴史や文化を忘れないために、もうひとりを“誇り”と名づけました。子どもの存在自体が、マリツの未来だったのです。

ただ、すべての子どもが助かったわけではありません。不幸にして亡くなった魂は、神の山に宿り、いまでも峠や大岩で、奥谷やトュディーを守っているのです。

戦争は終わりましたが、ヘポは、そのままマイスターの修業を続け、プレディは、寺から療養所にうつり、デザイン事務所で働き始めます。そして3年前、ラエルが旅に出たという知らせが、マリツに届いたのでした。

「ラエル。マリツが、苦労の末に、守り通したものは何かな?」

「未来への希望。。。」

「そうじゃ。ただ、希望は、誰にでも分かりやすいことが大切じゃ。伝える場所は家がエエ。家にこそ、希望が宿らねばならん。」

「わしらは懸命に考えた。なぜ、こんなことになったか。ある人は技を磨くため、ある人は豊かに暮らすため、ある人は自信を取り戻すため、工場や鉱山に集まった。それぞれが善意の集まりだったからこそ、誤りに気づきにくい。誰かを責めても解決せん。じゃからこそ、技を、希望を、家に根づかせることにしたのじゃ。」

「もちろん、家を、家族を失くした人も多い。これから、療養所は忙しくなろうて。」

この言葉をうけて、テクネーの英雄が微笑む。

「ラエル。あなたを療養所でみかけたとき、新たな役割が見えたのよ。ありがとう。」

ラエルの心は幸せであふれていました。でも、最初に発した言葉は、

「ということは!ヘポは、僕の兄貴なんだ!」

 

2 マイスターの話を聞く

とうとう、ラエルが国に帰る日がきました。ミルクバーの朝食も、いつもと様子が違い、テーブルには、ヘポ、フロベル、スウェイ、レボがいます。ヘポが立ちあがりました。

「改めて、マイスター達を紹介するよ。フロベルは、最初にジャンタラー広場で出会ったよね。彼は“永遠”を読み取る。人の可能性を見抜く名人だ。スウェイは、“知恵”を読み取る。人の技を見抜く名人だ。もう十分、知ってるよね。そして、レボ。彼女は“愛”を読み取る。人の心を感じる名人だ。みんな、すごい師匠たちだよ。」

「僕は、みんなに見守られて、暮らしてたんだね。」

「最初に、君が下宿を飛び出したときは慌てたけど、フロベルは、前もってプリンに話をしていたようだよ。僕も、早くパダワン(弟子)を卒業しなくちゃ。」

「ところで、プレディはどうしたの。」と、ラエル。

「うん。昨日あったら、泣いてたよ。気は強いけど、意外と涙もろいんだ。」と、ヘポ。

うなずきながらも、ラエルは、どうしても“残った疑問”を聞きたくなりました。

「プレディのデザイン事務所は、どんな仕事をしているの?」フロベルが答えてくれました。

 

§ フロベルのこたえ §

マリツの復興には、“9つの決まりごと”以外にも、大切なことがある。それは、“仕事の時間”だ。森の仕事、海の仕事、畑の仕事、そして、まちの仕事で、それぞれ時間の使い方が違う。

まちでは、“1日8時間働いて、休みは週1日” 畑は、“1日6時間働いて、雨の日が休み”

森は、“1日6時間働いて、冬の多くは休み” 海は、“1日12時間働いて、週の4日は休み”

といった具合だが、この“バラバラ感”が大切だ。頑な(かたくな)な慣例(かんれい)主義や経済の都合で、すべて一律にする必要などない。

ある北の部族は、一日4時間しか働かず、週に4日は休むが、実に立派に暮らしていて、余った時間は芸術を楽しんでいる。

実際、マリツの街頭時計は、針を外している。仕事場や仲間うちで決めた時間が尊重されるし、馴れれば不自由はない。

しばらくすると、大半の仕事場で、日が昇れば働き、沈めば家に帰るようになった。“時間は自分たちのもの”ということに気づいたのだろう。大切なのは、家族との時間、そして、一人になる時間だ。

 

ラエルは、ゆっくりとうなづき、一人ひとりに礼を伝え、ミルクバーを後にした。さわやかな風が吹き、鳥が鳴く。もう春だ。

 

3 港で約束する

 

「あっという間の一年だったね。」名残惜し(なごりおし)そうなヘポ。

「てっきり、ここに残ると思ってた。」不機嫌(ふきげん)なプレディ。

「ごめん。父さん、母さんに、きちんと話をしなくちゃ。

僕の“リアル”は、マリツで見えてきた。必ず帰ってくるよ。

そのときは、デザイン事務所の見習いからよろしくね。」

それを聞いて、プレディが、また、泣きだした。

「困ったなあ。プレディを頼むよ。ヘポ“兄さん”。」

「兄さん? ああっ、僕のことか。任せろ、弟よ!」

3人は顔を見合わせて、大きな声で笑いました。

 

ラエルを乗せた船が、楽団の音色にあわせて、ゆっくりと動き出します。すぐに、マリツのまちが見え、次に、神の山が見え、しばらくすると、ブーリンが、天の丘が、奥谷の森が、トュディーの集落が、そして、遥か(はるか)オーラムまで見えました。

さらに、船が進むにつれ、それらは小さくなり、最後は、ひとつになりました。

 

(おしまい)

~ 考えてみよう ~

最終話 再会の誓い

ラエル、ヘポ、プレディの秘密が明らかになりました。

そして、マリツは、ラエルが帰って来るときを待っていたのです。

このまちの歴史と未来に、あなたは何を感じますか。

所長からの問いかけ

私たちのまち、マリツは挑戦するまちです。速度に挑戦し、お金に挑戦し、仕事に挑戦し、技術に挑戦し、過去と未来に立ち向かいます。

もちろん、挑戦とはいえ、勝った負けたではなく、すべて愛情をもって包み込む、優しさを大切にしています。産業の象徴であった、様々な機械でさえ、すぐに廃棄することなく、丁寧に使い、寿命を全う(まっとう)させます。

まちづくりに、終わりはありません。あなたの子どもたちの、子どもたちも、中間ランナーでしかないのです。だからこそ、タスキが大切です。タスキとして、何を渡すのか、どのようにつなぐのか、それがすべてです。

もう一度、物語を思い返してみてください。

マリツは何を、どのように、つなごうとしていますか。

皆さんにお話ししたかった物語は、他にも沢山あります。マリツの市場、学校、お寺(コンゼ寺は特別な役割です。)、工場、まち役場、評議会、療養所、そして、家庭の暮らし、などなど。また、どこかでお会いできるでしょう。

ところで、時間を大切にするマリツにあって、私の事務所だけが、一日中働いています。もちろん、最後の問いかけは、こうです。

私のデザイン事務所は

どのような仕事をしているでしょう

さて、故郷に帰った彼は、ほどなくして、マリツに戻り、デザイン事務所で働くことになります。肩書は、時のデザイナー”見習い”です。

ラエルのその後の物語は、皆さんがたの現場で生まれます。

長く心のなかに、ラエル、ヘポ、プレディ、マリツの人たちが残ることを期待しつつ、私の役割を終えたいと思います。いずれまた、どこかで。

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 時間のデザイン