第3話 仕事がみつかる?

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン   テキスト)

 

作:堤 幸一

絵:谷澤紗和子

 

1 30回仕事を変えた男の子の話を聞く

プレディについて、先ほどの両替テントの脇を抜けると、それこそ“銀行のような”立派な建物

があり、大きな広場に面していました。

「この広場がジャンタルマンタルよ。じゃあ、幸運を!」

プレディは、あっさりとデザイン事務所に向かいました。

“幸運をって?いったい、どうやって仕事をみつけるの?”

見渡すと、広場いっぱいに木や布でできた看板が立ち、その前で何か語っています。近

づいてみると、どうも自分が働いてきた仕事を自慢しているようです。近くの“ヘポ(Hepo)”と

いう名の男の子は、今まで30回も仕事を変えたようです。“なんて根気のないやつだ”

でも、不思議なことに、話が新しい仕事に移るたびに拍手がおきているのです。

 

2 看板の前で語る

「おや、あなたもジャンタラーですか?」

隣でヘポの話を聞いていた紳士が、笑顔で語りかけてきました。

「ジャンタラー? 僕は、仕事を探してるんです。」

「ふむ、ふむ。ならば、あなたも“フォラム”の前で話してみては。」

立て看板は、フォラムというようです。ラエルも空いていたフォラムの前で、大学で懸命に学んだこと、素晴らしい志をもっていること。いまは、グランドツアーの最中であることなどを話しました。

旅の最中に、この話をすると、いつだって、“頑張ってね!”とか、“うちの息子に聞かせたいよ!”と褒められたものです。

ところが、紳士は、困り顔でラエルをさえぎり、こう言うのです。

「ラエルさん、違いますよ。いままで、どのような仕事をしてきたか、それこそ聞きたいのですよ。」

「えっ!そうなんですか。えーと、道路工事、パン屋、印刷屋、花屋ですが、これもみな社会勉強のためで、本当は。。。」

「素晴らしい!なんて素晴らしい!」ラエルの話をさえぎり、紳士の顔に喜びが広がりました。

「ならば、ぜひ“空の畑”で働いてみてはいかがですか。」

キョトンとしているラエルに、紳士は一枚の絵地図を手渡しました。マリツの地図の真ん中あたり

に、大きな菜の花畑が描かれています。

「あなたへの神の贈り物を楽しみにしています!」

 

3 雨で仕事が休みになる

空の畑は、空が広々として、名前とおりの素敵な場所です。紳士の紹介だと伝えると、すぐに仕事を与えてくれました。“30回仕事を変えた”ヘポもいて、同世代のラエルはすぐに仲良しになり、そのままヘポの下宿に居候するようになりました。

仕事は楽しく、手づくりオーミも貯まり、プレディやヘポや仕事仲間もできて、最初の1週間は、あっというまに過ぎました。8日目のこと。目をさますと、朝からあいにくの雨でした。空の畑は、雨の日は休みなのです。

ヘポはまだ寝ていますが、せっかくの休日ですし、ラエルは、朝食もとらずに下宿を出て、まちの真ん中を流れる“竜の川”を渡りました。テント通りに近づくと、雨で客はまばらですが、あい変わらず“両替テント”には、おじさんが座っていました。

“あれれ、あのおじさん、仕事を紹介してくれた紳士だぞ。。。”両替テントの“カエサルのものはカエサルに、土地のものは土地へ”という看板にも目がとまりました。

“どんな意味だろう? このまちは、どことなく変だなあ。”

 

 

4 頭がクルクルまわりだす

ラエルのポケットは、空の畑で稼いだオーミで一杯です。“馴れない畑仕事なのに、

なぜ、こんなにもらえるんだろう。やっぱり、このまちは変だ。”

港から来た時は、自転車も車も同じ値段。ミルク・バーのおばさんは、

僕をじろじろ見て、オーミを受け取った。ジャンタルマンタルでは、仕事を変える人が褒められ、ヘポは“100を超えると一人前かな”なんて言うし。

ジャンタルに抜けると、先日は気づかなかった大きなガジュマルの樹がそ

びえ、ひとつの幹に古い札が掛っていました。

“すべての仕事は天から降る、足元にこそ実りあり”

しばらく首をひねりましたが、あきらめて、再び、歩きだしました。どこをどう進んだでしょう、気がつくと、プレディのデザイン事務所の前に立っていました。

ガラス越しにのぞくと、やはり、棚いっぱいの時計です。

そのとき、天井の高い部屋の、左奥の角の柱の、右側の一番上の棚にある時計が、ほのかに光りだしたのです!

誰かが触ったわけではありません。不思議に思いガラスに顔を近づけました。よく見ると、時計には名札がついています。

「 ラ ・ エ ・ ル  なぜ、僕の名前が!」

そのときです。ラエルの札がついた時計の針がクルクル回り始めました。ラエルは針から目が離せません。

見る間に(そう、あなたの予想通り!)目をクルクルまわして、その場に倒れてしまいました。      (次回に続く)

 

~ 考えてみよう ~

第3話 仕事がみつかる?

両替のおじさんで、ジャンタル広場の紳士は、フロベル(frovere)です。

彼は、永遠を感じる力で、人の将来を見抜くことができます。

ラエルの将来は、どのように見えたのでしょうか。

所長の問いかけ

ジャンタルマンタルに集まった人々は、“何度も仕事を変える”ことを称えていましたが、あなたの国ではどうですか? おそらく、そんなことはないでしょう。(笑)

随分と昔、マリツでは著しく経済発展した時期がありました。若者は、学校を卒業すると争って企業に入り、ずっと働いたものでした。ところが、あることをきっかけに、ほとんどの企業が倒産したとき、そこで身につけた能力では、自分で会社も起こせず、日々の暮らしにも役立たないことに気づいたのです。

以来、マリツでは、学校を出て5年間は、異なる仕事を積極的に変えることが推奨され、企業側もそれを受け入れ、5年間は“新卒扱い”になりました。もちろん不便もありますが、社会の基礎的な力を高めるため、この制度を守っているのです。

さらに、ヘポのような“ジャンタラー”は、生涯にわたり仕事を変え続けます。彼らは、修業として多くの仕事に携わるなかで、人格を形成します。ひとつの仕事を突き詰める“マイスター”と対極ですが、マリツでは、宗教者のような威厳と国の方向性を見定める責任も担っています。

あなたにとって、仕事とはどのようなものですか

さて、ラエルは、人並み優れた勘と感性をもつ少年でしたが、その力を生かす機会がないまま成人したため、能力が埋もれた状態です。

ところが、無意識にうったえる“違和感”が、ラエルの体を少しずつ刺激し始めています。一方で、まちの外観も、人々のふるまいも、目に映るものは、ごく“普通”です。体がうける違和感と、目に映る“普通”が、彼のなかでバランスを崩しつつあったのです。続きは、また次回。

 

 

 

 

 

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 すべての人に仕事を生み出す