第11話 過去と未来からの力(後篇)
「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~
(京都精華大学 2011年度 まちづくりデザイン テキスト)
作:堤 幸一
絵:谷澤紗和子
1 さかさまの名前
灰色戦争の終結後、マリツの人たちは全員で、“まちの未来”を定めました。プレディは、そのヒントが3人の名前に隠されているというのです。
「リアル(Real)の”さかさま“でしょ。」とプレディ。
「ああそうだよ。でも、そういえば、ヘポ(Hepo)は、ホープ(Hope)だ!」
「いじめは、僕もひどかったさ。」と笑いながらヘポ。
「私は、なかったわ。だって、分かりづらいでしょ。」
「えーと。そうか!プライド(Pride)だ!」
でも、なんで僕らの名前って、こうなんだろう?
「これは英語ね。マリツでは使ってなかったの。マイスターたちが持ち込んだらしいわよ。」
“真実、希望、誇り。これが村の未来?でもなぜ、マイスターが関係しているのだろう?“
気つくと、ヘポとプレディは、岬に向かい、どんどん先に進んでいました。
「おーい!待ってくれよう!」
2 希望岬まつりの意味
希望岬の沖には、男(おとこ)島(じま)という小さな島があります。
島の祠(ほこら)にはソコツという名の神がまつられ、唯一(ゆいいつ)の井戸があります。陽が落ちるころ、男たちが井戸の水を汲み(くみ)、かがり火をたいた船で岬に運び、ひと晩かけて、村を練り歩き、竜の川をのぼり、民の湖を渡り、神の池に届けます。
神の池のほとりには、ミーナーカーという女神の碑(ひ)があり、運ばれてきた水を、碑の根元に注ぎ(そそぎ)、祭りは終わります。
生命の再生への祈りがあるようです。この祭りは、灰色戦争の時代に中断され、神の池が枯れた翌年に、再開されました。3人は、祭りを朝まで見届けました。
「この祭りは、北の国の人たちが、マリツに住みつく前からあったそうだよ。」
「先住民がいたってこと?」
「随分と昔からね。新しい住民も、ここの神や祭りの意味や価値を理解していていたんだ。」
「僕も、ほんの少し分かった気がする。でも、その先住民は、いま、どうしてるの。」
「うーん。それはね。。。」ヘポが返答に困っていると。
「村おくりに、ラエルも呼んだら?」とプレディが提案しました。
3 村おくりに加わる
村おくりの場所は、オーラムでした。希望岬まつりから1週間たった日の朝、ヘポとラエルは、海沿いの崖道(がけみち)を急いでいます。幸い、儀式には間に合いましたが、先に来ていたプレディに、にらまれてしまいました。下を向く2人に、年配の人が近づいてきて。
「ヘポかい、よく来たね。おお、お前はラエルか!一緒に手伝ってくれるかい。」
集まった全員が参加して、村おくりが始まりました。儀式は、ざっと、こんな具合でした。
§ 村おくり儀式のあらまし §
村おくりは、長く住み続けた土地に、誰もいなくなるときに行います。学校や病院など“みんなのもの”、家や畑など“家族のもの”、墓や寺など“神のもの”の順に閉じます。
閉じ方は、開き方の逆です。例えば、家の場合は、壁をとり、屋根を降ろし、柱を倒し、地面を日にあてる。もちろん、実際に作業するわけではなく、心の中で行うのですが、まわりを囲み、丁寧に、一軒ずつ閉じるため、大きな集落では、ひと月かかることもあります。
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おくりを司る(つかさどる)人はマイスターです。数名が組になり、集落のあちこちを閉じていきます。ひととおり閉じ終えると、次は、道や井戸や水路など“通り(とおり)もの”の番です。すべてが開拓(かいたく)手順の逆なのです。
荒れた土地には、苗木(なえぎ)を植え、大切な水源の祠(ほこら)を閉じ、村の境界に結界(けっかい)をはって、すべてが終わります。結界の方法は、土地によって様々です。オーラムでは、3丁(ちょう)のスコップを縄でしばり、立てました。
大変、丁寧な仕事で、すぐにでも住人が戻ってこれそうです。プレディが言いました。
「始めて見たけど、これは“感謝の気持ち”ね。あらゆるものへの感謝。こころの儀式だわ。」
「ずっと、涙が止まらない。悲しいわけじゃないのに。みんなの仕事に、ふるまいに、家も、道も、自然も、すべてが静かに、役目を終えていく。それがもう、ただ、美しくて。」
ラエルは“人をおくるときと同じだ”と感じました。
最後に、穏やかな表情のおばあさんが現れ、3丁のスコップに向かい手を合わせると、みんなも、ゆっくりと手を合わせました。
風が一瞬弱まり、おばあさんの背に、微か(かすか)な日が射します。“あらゆるもの”が、別れを告げているようでした。
4 テクネーの英雄
「スコップの前で手を合わせたおばあさんは、テクネーの英雄だったんだ。」
ヘポが教えてくれました。プレディは、別の用があるらしく、一人のマイスターと先に帰りました。歩きながらヘポに聞いた話は、生涯忘れられないものになりました。
§ テクネーの英雄のお話 §
40年前、オーラム鉱山が見つかったころ、マリツに暮らす彼女は、鉱山開拓や工場進出に積極的に協力しました。しかし、心の底では、“資本家がまちを食い物にする”ことも気づいていたのです。彼女は若いころ海外を旅し、無残な有り(あり)様(さま)になったまちを沢山見てきたのです。
にもかかわらず、彼女は、仲間に参加を呼び掛け、オーラムへの移住も勧めます。当時のマリツでは、海外経験があるだけでも、十分に進歩的であり、若きリーダーの彼女に多くの人が期待したのです。
ヘポは言います。“資本家の力を借りてでも、この村を変えたかったのだと思うよ。”
「彼女は、先住民の末裔(まつえい)だったんだ。確かに、マリツは、北の国のおかげで繁栄(はんえい)した。でも、一方で、少数派の先住民は、自分たちの居場所を失っていたんだ。優れた技もなく、誇れるのは頑丈(がんじょう)な肉体と、ソコツやミーナーカーを信じる純粋な心だけだったからね。」
「技を持つ人たちには気後れ(きおくれ)し、資本家のように欲が強いわけでもなく、黙々(もくもく)と働き続ける仲間たちを見ることが、辛かったんじゃないかな。同じ血をひく12名と“テクネー”を結成して、次々と鉱山に入っていったんだ。」
「民族の“誇り”を取り戻すつもりだった。最後は、先住民200名のうち、病気のものと子ども以外は、すべてが鉱山や周辺で働いた。」
「でも、ある時期から倒れる人がでてきた。当時は、原因不明さ。」ヘポは、ため息をついた。
「彼女は、資本家に掛けあい(かけあい)、治療のための療養所を、ブーリンに建てさせた。すぐに、彼女も療養所を手伝うようになった。」
「悲しいことに、運ばれてくるのは同胞(どうほう)ばかり。他の民族にまして、懸命に働いていたんだ。療養所は仲間で一杯になった。」ヘポは、目を閉じた。
「みんな、やせ細っていたけど、目は輝いてた。鉱山に戻る日を信じて、毎朝、ベッドで、ミーナーカーとソコツへ手を合わせていたらしい。」
ふと気づくと、ラエルとヘポは、ブーリンに着いていました。すでに、あたりは暗く、冬の夜空に星が輝いています。
「彼女は、ずっとオーラムに住み続けたの?」
「ずっとさ。廃鉱になり、心が砕け、移住する力も、お金もない人だけが残ったオーラムに、彼女は住み続けた。テクネー運動だけでなく、戦争すべての責任を負ってね。」
「嵐の日も、オーラムと療養所を歩いて往復しながらね。村の最後は自分が見届けるって。」
ヘポは、また、ため息をついた。
「長い時が過ぎて、最後の住人が亡くなった。でも、彼女はマリツに戻らなかった。」
「なぜ? 彼女は十分に責任を果たしたじゃないか!」と、ラエル。
ヘポも、大きくうなずきながら。
「もちろん、みんな勧めたさ。彼女は強く責任を感じていたようだけど、本当は、誰ひとり、彼女を悪く言う人はいなかったんだよ。療養所で亡くなった人でさえね。」
ラエルは、彼女の穏やかな表情を思い出しました。
「彼女が“村をおくる”決心をしたのは、たまたま、ある人を療養所で見かけたからさ。その人がマリツに戻ることで、すべてが終ると思ったんだ。」
“ある人”ラエルは、ハッキリと感じとりましたが、言葉に出しませんでした。
そのあと、ヘポとラエルは、懐かしい療養所に立ち寄りました。随分前に、一度だけ世話になった場所ですが、ヘポの話を聞いた今では、とても、普通の気持ちでいられません。
ゆっくりと近づくと、部屋の窓からは明りがもれ、マイスター、英雄のおばあさん、そして、プレディが手をとりあっていました。
“プレディは”ラエルは敏感に感じました。
「もしかしたら、同じ血をひく人?」
「ラエル。すべて、君が気づいたとおりさ。」
~ 考えてみよう ~
第11話 過去と未来からの力(後篇)
テクネーを率いた英雄は
先住民の末裔である一人の女性でした。
彼女の村おくりに、あなたは何を感じたでしょう。
所長からの問いかけ
マリツが定めた「まちの未来」は、将来への「希望」、マリツへの「誇り」、そして、確かな「実感」でした。更に、マリツは、過去も大切にしています。過去の技術、文化、自然、そして、人々の思い。これらは、すべて未来と同じ価値を持っています。
それでも、仕方なく、過去に別れをつげねばならないこともあります。オーラムは、奥谷よりはるかに小さな山村で、マリツに薪や炭を売って暮らしていました。駆け足のような時代を経て、最後の一人が村を離れるとき、元の炭焼き村に戻ることはできず、“村おくり”が行われたのです。
あまたの国では、村やまちに人が住まなくなったとき
どのようなことをしていますか。
歴史に敬意をはらうマリツでは、村おくりにあたり、かなりの議論がありました。
村を再生すべき、という意見が多かったのです。新たな開拓民の送りこみ、マリツの若者の学校、保養所や別荘、家具や炭焼き工房の再生など、様々な提案があり、評議会の議論は熱を帯びました。
しかし、参考に招いた、テクネーの英雄は、“静かに眠らせてはいかがでしょうか”とだけ言いました。この言葉に、人々は“死に行く者への祈り”を思い出したのです。
もう、十分に頑張った。十分に生きてきた。最後に名誉を。結局、評議会は全員一致で村おくりを決定しました。
さて、あなたは、この決定を、どのように感じますか。
さて、ラエルは、いよいよ自分が何者か、気づいてきました。テクネーの英雄の行動を促すほど影響をもっている。そして、そのことをかなりの人が知っている。物語は、いよいよ佳境に入っていきます。
事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より
第〇章第〇項 まちに寿命はあるか