第10話 過去と未来からの力(前篇)

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン テキスト)

 

作:堤 幸一
絵:谷澤紗和子

 

1 灰色戦争の話

週末の朝、エル、ヘポ、プレディの3人が竜の川沿いを歩いています。

「祭りが始まるまで、ラエルが行ったことのない場所に行こう。」

左に天の丘を見上げながら小径を登ると、そこは“民(たみ)の湖”でした。色づく木々の間から、水鳥の姿を眺めつつ、“以前はコンクリートダムだったんだね”と言うと。

「ラエルも灰色戦争は耳にしたでしょ。ここから、まちまで見渡せるから、ちょうどいいわ。」

プレディが、ゆっくりと歴史を語り始めました。かいつまめば、こんなところです。

 

§ プレディの話のかいつまみ §

 

いまを遡る(さかのぼる)こと50年前、奥谷の“森の魂を継ぐ男”と、トュディー村の美しい娘が結ばれました。2人の結婚は、二千年に渡り引き継がれてきた互いの“技”が、一体化することを意味しました。

同じころ、西隣の村に、白金の鉱脈が見つかりました。当時、“白金”は大変に貴重で、太陽エネルギーをとらえたり、水をきれいにするために不可欠でした。隣村は大いに活気づき、優秀な技術者と港をもつ、マリツに協力を持ちかけます。しかし、森の魂を継ぐ男は反対しました。鉱物の採掘や精錬(せいれん)の経験もある彼は、何か“危険なもの”を感じたのです。しかし、人々の声は強く、ついに、隣村と手を組むことになりました。

隣村は“オーラム”と名を改め、海外資本の参加とマリツの協力を得て、港の拡大や工場、排水路の整備に着手します。マリツの技術者たちは、活躍の場をえて、生き生きと暮らし、広場は子供たちであふれ、家々からは、ご馳走の匂いがただよいました。

ところが、この暮らしに異議を唱える“ユート”という一団が現れます。

その主張は、“鉱物のために、自分たちの技を使いすぎている。もう一度、森と海の暮らしを取り戻そう!”でした。密かに支持を広げるユートに対して、新たに“テクネー”というグループが現れ、“技への評価があってこそ、新たな技が生まれる。鉱物こそ自分たちの生きる道だ。”と対抗しました。

技術に対する考え方の違いですが、どのように自然と接するか、幸せな暮らしとは何か、といった深い問題が潜んでいたのです。

オーラムに出資する資本家は、当然、テクネーを支持します。一説には、テクネーの中に資本家のまわし者が入っていたとか。

当初、2つの考え方は工場の休憩時間や広場での話題にすぎませんでしたが、質素なユートと豊かなテクネーというふうに、両派の暮らしぶりに違いが出てくると、不穏(ふおん)な空気が漂うようになりました。ユートは、一人またひとりと、先祖が暮らした奥谷やトュディーに移住していきました。

それでも、マリツには、海外から出稼ぎ労働者が押しよせ、大変な活況が20年近く続き、まちは、すさまじい勢いで変わっていきました。

ガジュマルのある広場前には大きな銀行がたち、新しい港にはクレーンと大倉庫が並びました。湖や川は見る間にコンクリートで固まりました。のちに“速度の時代”と言われるゆえんです。

一方、奥谷やトュディーのユートは、質素を通り越した、辛い(つらい)暮らしに耐えていました。最初の頃はマリツとの交流もあったのですが、ついには、奥谷への尾根(おね)道(みち)とトュディーへの海岸道に、門が築かれます。

元は同じ先祖ですが、互いが正義を主張し、過激な運動に発展します。

あるとき、子供たちの“小さないじめ”が、“こじれ”になり、ユートは、ついに門を閉ざしてしまいます。マリツに留まっていた人達も、あわてて門をくぐり、人々の対立は決定的になりました。

マリツに残ったのは、海外からの出稼ぎ労働者ばかりで、この人たちは、ユートやテクネーには無関心でした。

資本家にとっても、工場には機械が揃い(そろい)、港の輸送手段も整ったいま、争いは邪魔でしかなく、この機会に旧住民が消えたことを、心の底では喜んでいました。

森の魂を継ぐ男が、仲間と戻ってきたのは、このときでした。神の山の麓(ふもと)にコンゼという名の寺をつくり、マイスターと呼ばれる人達と暮らし、人々の説得を始めます。

ユートも、テクネーも、もとは同じ民です。森の魂を継ぐ男の言葉に心動かされ、ついに、門が開かれようとしたとき、何者かによって、コンゼ寺に火が放たれました。

悲劇が起きます。

あろうことか、森の魂を継ぐ男が、仲間を救おうと命を落としてしまうのです。

賃金の高い技術者が戻ることを嫌った資本家が火をつけたと言われましたが、真相は分かりません。

 

さきほどまで相槌(あいづち)をうっていたラエルから、言葉が消えました。ヘポが無理して明るい顔で。

「きつい道だけど、上流にある“神の池”まで歩こう。ここから先は、僕が話すよ。」

今度は、ヘポが話を始めました。かいつまめば、こんなところです。

 

§ ヘポの話のかいつまみ §

森の魂を継ぐ男の死は、ユートとテクネーから争う気力だけでなく、手を結ぶ勇気も奪いました。むなしく時が流れたある時、大変なことが起きます。

“神の池”が、突然、枯れたのです。水源を失った民の湖は、みるみる水位が下がりました。

資本家は、狂ったように井戸を掘りました。工場は大量の水が必要だったのです。しかし、水は出ません。海水の塩を抜く努力もしましたが、ことごとく失敗です。1年後、水は完全に枯れました。

そのうえ、労働者の間に原因不明の病がでたため、出稼ぎは一人残らず国に帰り、機械や建物は放置されたまま、資本家は、あっけなく姿を消しました。マリツは、廃墟と化します。

それでも、長い時間の後に、少しずつ家族が戻ってきました。仕事がなくなり、家族や親類と暮らす時間が増えるにつれ、家こそが“技”を伝承する場であり、大きな工場や銀行や港など要らないことに気づいた人たちでした。

しかし、彼らは、荒れ果てたマリツを見て、どこから手をつけたら良いか、呆然としていました。 

そこへ、マイスター達が再び現れたのです。彼らは、水を調べ、土を調べ、家を調べ、マリツ復興の手立てをアドバイスします。

最初に、鉱山の坑口を閉じました。すると、不思議なことに、神の池に水が戻りました。(次いで、大工場の撤去です。この話は、もう、知っていますね。)復興が進むにつれ、マイスターと行動する若い人たちが、“新たな指導者”に選ばれました。

彼らは、すぐさま“マリツの決まりごと”を提案したのです。

『マリツの決まりごと』

その1.白金鉱山は永久に閉鎖する。

その2.池や川のコンクリートは撤去する。

その3.海外から購入した設備や施設は、寿命を迎えたら閉鎖する。

その4.銀行などの施設は閉鎖し、一部はモニュメントとする。

その5.流通するお金は、ユーロとウリを用いる。

その6.海外との貿易はユーロ獲得を目的とする場合に限定する。

その7.ギフト税を50年間は実施し、技を生かして自然を再生する。

その8.マリツ村の大方針は、評議会で決する。

その9.マイスターたちジャンタラーが、評議員として評議会に参加する。

 

「評議会は、奥谷とトュディーが門を閉じてから、コンゼ寺の悲劇までを、“灰色戦争”と呼ぶことにしたんだ。」

「なぜ、灰色なの?」とラエル。

「どこにも大義はなく、問題は別にあったからさ。」

「なぜ、戦争なの?」とラエル。

「奥深い心の対立、争いがあったからだよ。」

「“マリツの未来”も定め、皆んなで共有したんだ。“森の魂を継ぐ男”と仲間たちのために“コンゼ寺を復活させる”という提案も、全員一致で決まったよ。」

気づくと、目の前は神の池でした。小さく神秘的な池です。

「水は、もう大丈夫。ところで、ラエル、振り返ってみてよ。」                         

木立(こだち)の先に民の湖が輝き、右手は天の丘、そして空の畑、小さな丘を越えるとマリツのまち、神の山の先は希望岬です。まちのすべてが見えるこの場所に、神がいます。

「神さまは、すべてお見通しだったのかも。」と、ヘポ。

「村の未来は、どんなものだったの?」

「私たちの力の源よ。すぐに分かるわ。」と、プレディ。

「ヒントは、私たちの名前よ。さあ、祭りに行きましょ。」

プレディは、さっさと歩き始めました。

ラエルの肩をヘポが叩き、言いました。

「次の仕事はコンゼ寺なんだ。来月の落慶(らっけい)にはおいでよ。」

 

 

 

~ 考えてみよう ~

第10話 過去と未来からの力(前篇)

ついに語られた灰色戦争は

互いが兵器で殺しあう凄惨なものとは、少し違っていました。

所長からの問いかけ

マリツとオーラム、海外資本家と出稼ぎ労働者、ユートとテクネーなど、様々な立場、主張、選択が、深いズレを生み、マリツの自然、経済、社会のバランスが崩れてしまいました。戦後、マリツでは、“あのとき、何が起きたか、何が原因だったか、今後、どうすればよいか”繰り返し、議論や試行を続けています。

さて、あなたがマリツの住人だったら、どうしたでしょう。

どのような立場・行動をとったでしょうか

廃墟のマリツに、最初に戻った家族は、尊敬を込めて“勇気ある3家族”と呼ばれています。マイスターたちは、戸惑う彼らを励まし、さらに集まってきた人たちと、「マリツの決まりごと」を生み出しました。ここに込められた知恵や思いは何でしょう。

1.白金鉱山は永久に閉鎖する。  2.池や川のコンクリートは撤去する。

3.海外から購入した設備や施設は、寿命を迎えたら閉鎖する。

4.銀行などの施設は閉鎖し、一部はモニュメントとする。 5.流通するお金は、ユーロとウリを用いる。

6.海外との貿易はユーロ獲得を目的とする場合に限定する。

7.ギフト税を50年間は実施し、技を生かして自然を再生する。 8.マリツ村の大方針は、評議会で決する。

9.マイスターたちジャンタラーが、評議員として評議会に参加する。

最初に、白金鉱山を閉鎖した理由は何でしょう。池や川は、どうなっていたでしょう。緑の人たちの役割は分かりましたか。銀行のあった場所はどうなったでしょう。どのような経済を目指していますか。これらの方針は、どのように決まりますか。

さて、立派な「決まりごとは」も、単なる「仕組み」にすぎません。「仕組み」に魂を吹き込むのは、将来への希望、マリツへの誇り、そして、確かな実感です。

そして、もうひとつ忘れてならないもの。それは、過去への敬意です。

未来と過去は、同じ価値をもつのです。次回は、そこを考えてみましょう。

 

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より

第〇章第〇項 ビジョンに力を与える