第2話 村の銀行へ

「ラエルの物語」~マリツの挑戦と時のデザイン~

(京都精華大学 2011年度  まちづくりデザイン テキスト)

 

作:堤 幸一
絵:谷澤紗和子

1 テントで両替する

まちはすごい人混みです。通りの左右には屋台がひしめき、元気な声が飛びかいます。ラエルは、飾らない人々が集まる、市場や食堂が大好きでした。
ひときわ目立つ派手なテントに、両替の看板を見つけました。人混みの向こうでは、髭をはやし、山高帽をかぶったおじさんが、椅子に腰かけ、お札を数えていました。
怪しい商売の人かなあ。ラエルは、おそるおそる聞いてみました。
「ここは両替ですか」
「ええ。ここは“こくえいぎんこう”です。」妙な威厳はあります。
「僕の、このお金は、このまちでも使えますか?」
「別に大丈夫ですが、長くいるのなら、この国のお金に替えたほうが良いでしょう。」
旅慣れたラエルは、すぐに納得し、すぐに両替をお願いしました。
「どちらのお金にしますか?」ラエルがポカンとしていると、彼は微笑みながら。
「まずは、外のお金“ユーロ”と内のお金“オーミ”の半分ずつが良いでしょう。」

※ 写真のお金と物語は関係ありません

2 デザイン事務所を間違える

どちらのお金も使えるのか。なぜ、お金が二通りあるのかなあ?
腹ごしらえして考えようと顔を上げると、反対側のテント越しに『デザイン事務所』の看板が見えました。ラエルは学校でデザインを学びましたが、旅の間は、道路工事、パン屋、印刷屋、花屋など、別の仕事ばかりでした。
そろそろ、デザインもいいかと近づくと、一番上に大きな丸時計、その下にデザイン事務所の看板、あとは、ガラス張りの不思議な建物です。中をのぞくと、高い天井まで届く棚に、ビッシリと小さな時計が並んでいます。
“あれれ、ここは時計屋だったっけ?”
もう一度看板を見上げるべく、ズルズル後ずさりすると
「ここは、デザイン事務所よ」という声。
ふりかえると、ラエルと同い年くらいの女の子が立っていました。

 

3 プレディに出会う

「あなたどこから来たの。」
ラエルが、よその国の人間で、今朝、港に着いたばかりだと言うと。
「じゃあ、お腹すいたでしょう。安くておいしいお店があるわ。一緒にどう。」
デザイン事務所も気になりましたが、まずは腹ごしらえと彼女について行きました。
安くておいしいお店は、ミルク・バーという名前でした。決して、ミルク専門店ではなく、メニューは『その日いちばんの定食』だけですが、順番まちの大盛況です。二人も、おじいさんや、おばあさんや、労働者や、子供たちと一緒に並びました。
「私の名前はプレディ(Predi)。“デザイン事務所”で働いてるわ。」
「僕はラエル。旅の最中で、このまちで働けるところを探してるんだ。」

 

4 おばさんにオーミを支払う

『その日いちばんの定食』は、あたたかく栄養満点で、気持ちがやわらぎました。
「僕もデザイン事務所で働けるかなあ。少しは役立てるけど。」
「どうでしょう。あそこは希望者も多いし、沢山の仕事の経験がないとアルバイトにもなれないわ。私も、アルバイトの、弟子の、見習いの、新人でしかないのよ。」
“へえ!結構、敷居が高いんだ。僕も経験なら負けないけど”
「そうかあ・・・でも、どこかで働きたいなあ。」
「じゃあ、ジャンタルマンタルに行こうよ。おばさん!ごちそうさま。」
丸い笑顔のおばさんがやってきました。
「おいしかったかい。まあ顔を見ればわかるけど。」
「ええ、とっても。」彼が支払おうとすると、腕組をして。
「おやっ、この子は初顔だねえ。よおく見せてごらん。」
顔だけでなく、上着のエリ、カバンの穴、靴のすり減りなど、じっくり見つめます。
「うん!オーミでいいよ。オーミのほうがさ!」
2つのお金のうち、ユーロはしっかり、くっきりした印刷ですが、オーミは、まったく手づくりで、皺くちゃです。でも、オーミが良いと言うのです。
「ユーロは知恵のお金、オーミは愛のお金だよ。おぼえときなよ。」
「ありがとう、おばさん。ごちそうさま!」
プレディについて、先ほどの両替テントの前を通りました。良く見ると“両替”の看板には、このような言葉が。でも、ラエルの目には入りませんでした。

 

~ 考えてみよう ~

第2話 村の銀行へ行く

「デザイン事務所」が登場しました。
事務所は、不思議な建物で、壁一面に時計が並びます。
うちの仕事は、時間のデザインなのです。

所長からの問いかけ

第1話で登場した!Time is not Money“の意味は分かりましたか。

マリツに隠れる知恵は、私たちが苦心しながら生み出し、いまも育てているものばかりです。
今日のお話は、不思議な両替からはじまりました。

しかも、テントが国営銀行なんて、いい加減な国だと思わないでくださいね。これには理由があるのです。

両替の場面では、ユーロとオーミという2通りのお金が出てきます。

もっとも、今では、世界中で『地域通貨』として2通りのお金がある地域を見かけますから、さほど驚かなかったでしょ。
さて、皆さんは、なぜ『2つのお金』が必要なのか、そして、どのようにして使い分けるのか考えてみてください。

お話の中にもヒントがありましたね。

そうっ!ミルクバーのレボおばさんが、“ユーロは知恵、オーミは愛”と語ってました。

とても大切なことです。
2つのお金の役割は何でしょう?
どのように使い分けるのでしょうか?

他にも気になることがありましたか?デザイン事務所に並ぶ時計は何?

事務所で働くには、なぜ、沢山の仕事の経験が必要?両替テントの言葉の意味は?

など、マリツの“something wonderful”を考えてみてください。

 

事例「みどりの人たちのテキスト(初版)」より
第〇章第〇項 地域の経済を守るお金